様々な事象が重なって起こった話について

私は嗜好品がすきです。

コーヒーと紅茶と緑茶にはわりとこだわりがあります。

 

その中でも、今回は紅茶について書きたいと思います。

 

カレルチャペックというブランドに出会ったのは、某SNSでよくお話しする方からの

頂きものという形でした。

 

某Rというお茶専門店でよくお世話になっているので、

お茶には結構拘りと好みがあります。

 

今回頂いた紅茶は、某名探偵が小さくなったアレのコラボ商品でした。

実は私は大のコナン好きで(言ってるし)

嬉々としてそれを開封して、飲んでみたわけですけども。

 

うまい(テーレッテレー)

いやまじで。

ホントうまかったです。最近香料にごまかされる紅茶が多い中で、

しっかりと紅茶の味もしましたし、フレーバーもそっと寄り添う感じで。

 

なんぞこれは?!と思い、

早速検索しました。お店を。

 

関東しかない。(知ってた)

 

残念に思いながら、ネットサーフィンしていたんですが。

まさかの!近所にカレルチャペック取り扱いのお店が!ある!!!!

しかも最近オープンしてる!!!!

しかしながら、私の仕事の都合がつかず、

発見してから2週間近く経ってから、ようやくお店に伺うことが出来ました。

 

お店には様々なお茶が陳列されていまして、

目が移りまくっていた私に店員さんが「どうぞ」と試飲をくださいました。

走って向かった私はそれをのんだ瞬間、

「これください」(即答

結局、

  • 蘭のレモンパイティー
  • ナイトアールグレイ
  • チルドレンハーブ(試飲で即購入したもの)
を購入致しました。
ついつい興奮していた私は、「ようやく来れました~」などと
店員さんに話して、店員さんも一緒に喜んでくださったので本当に幸せなひと時でした。
その際、一番の目当てのカラートリックティ5Pが品切れだったので、また行こうかなと思いながら、また仕事で忙殺されていた私でしたが。
 
先日、神社にお参りに行った際、本当に偶然に、店員さんとばったりお会いしまして。
思わず声をかけてしまった私に、
相変わらず優しい店員さんで、また行こう!と強く思ったわけです。
そして、カラートリックティの取り置きも快く引き受けてくださいまして。
 
私も大切なお参りだったものですから、ありがたくって。
縁って不思議だなあと思います。
 
それからさらに数日たちまして。
ようやくめどが経って伺いました。
 
私のカラートリックティ、きっちり店員さんが取りおいてくださいました。
ありがてえ。
 
顔も覚えてくださっていて、ありがたいなっていう気持ちです。
 
この手元の紅茶がなくなったら、また伺おうと思います。
 
本当に縁って不思議なもので、友人に紅茶を送ってあげようって思ってもらうことがなければ、
近くにカレルチャペック取扱店が出来なければ、
上記の出来事はすべて起こりえなかったと思うと、
きっかけとなった、
最初に送ってくださった友人に感謝しつつ、カラートリックティ頂いてます。
 
 
今度は何を買おうかな~。

最近のアプリはDLが尋常じゃない件

夢100とアイナナをやっているわたしです。

色々と放置していますが、この2つはなんとかやってる。

なぜかというと


●夢100→そこそこキャラ強くなってきたし、なにより夢要素がある。

●アイナナ→がくやおとめ、りゅうのすけつなしが好き。



完全にキャラありきです。



そんな私ですが、アイナナと夢100みたいにパズルや音ゲー要素があり、かつ乙女ゲーム要素があるものがないかなぁーーー、と探していたら。


『夢色キャスト』


ああこれはタイムラインでよく話題になっていたやつだなあと思い、某声優の歌声が好きだったので、まあやってみるかーと気軽にポチりました。







おっそい。

DLしぬほどおっそい。

起動→DL→画面タップ→DL‥

待てまて待て。

ダウンロード多いな!





ちょっと紅茶でも飲んで待とうかなと思っていたけど、紅茶が出切って、二杯目に突入しそうになったので、

『うおおおもういいわ!』


と部屋の掃除をはじめました。






部屋が片付き始めた頃、DLも終わり、画面をタップしてね☆と書いてあったのでポチッ。




『DL中』





何のだよ!



夢色キャストのダウンロードの多さ、半端ないっす。



ちなみに、しばらくやってみて、タップも難しく積みそうな気配を感じていたところ、恋愛ドラマ部分を開放?出来たので、わっくわくで読みすすめましたが、一番気になるところで終わるという悲しみに包まれました。

夢色キャスト、ゆるーりとやってみます。

死について

先日、著名な方の奥様が亡くなった。

梨園の妻になるというニュースをテレビで見たことがあるくらいの認識だったけれども。

ある日、彼女が癌であるということを公表した。

その時に、一瞬頭をよぎったのは、某アナウンサーさんだった。

あの方も、私の病名はガンです、とはっきり仰っていた。

その頃は命について深く考えられる年齢ではなく。

それでも、いつもテレビで見たことがある人に対してとてつもない衝撃を受けた。

冬。

彼が亡くなったという新聞記事を目にした。

全くお話をしたこともない、テレビの向こうにいる方なのに、私はポロポロと涙をこぼした。


私の大好きなおばあちゃん。

おばあちゃんの死に際に、私はそばにいることができなかった。安らかに眠る祖母の隣で、また同じようにポロポロと涙をこぼした。

ありがとう、も、ごめんね、も伝えられなかった。




この年になると、身近な人が亡くなることも珍しくなくなる。

彼女は、もっと生きたかったはずだろう。

もっとやりたいこともあったはずだろう。

私が計り知れないほど、たくさんの『生きてやりたかったこと』があるだろう。

自分はどうだろう、と思った。


嫌なこと、辛いこと、たくさんあるけど、

まだやりたいことはたくさんある。


後悔だけはしたくないけれど、

誰も自分がいつ死ぬなんてわからないから、

やりたいように生きるしかないんだと思う。

日々を丁寧に生きようとか、

命を大事にしようとか、

そんな綺麗事ではなく、

とりあえずは今日も生きた。

それだけでいいんじゃないかなって、私は思う。

生についての答えなんてもちあわせていないけれど、それはきっと、死んでもわからないから。



改めて、ご冥福をお祈りします。

昔の自分へ

ツイッターを始めてから、早何年か経つ。

飽き性な自分がここまで長く続けられるのも、即レス能力、趣味、そしてニュースや時事ネタも確認できるからに他ならない。

ただ、ツイッターの使い方を、間違えたことはある。



私は、色々なSNSを利用することに積極的民なので、ツイッターも初期に登録していた。

でも、やらなかった。

書くことがなかったのだ。

最初にツイートした言葉は、今でも覚えている。

『こんにちは。』

もちろん、フォローもフォロワーもなかった時で、全くなんの反応もなかった。

その時点で『つまらん』そう思った。

そして幾年か過ぎて、私は某ジャンルにハマった。

虫眼鏡のマークを押して、そのワードを入れると、山のように画像やら文章やらが出てきた。

『なんだこれすげえな』と思った。検索の手が止まらなかった。とりあえず色んな人を片っ端からフォローした。
そして、初めてフォローバックというものをもらった。

『なんだこれすげえな』とまた思った。この人は一切私の顔も素性も知らないのに、フォローして会話をしている。

すげー。素直にそう思った。

でも、素直にそう思うのは、初期だけだった。

『うーん』

こう思うことが増えた。

それは、ツイートの内容だったり、リプライをもらった内容だったり、リツイートが苦手なものだったり、理由は些細なことから大きなことまで様々だった。

『つまらん』またそう思った。
こんなことでいちいちくよくよする自分がつまらない人間だと思った。


このツールで自分は何がしたいんだろう。
何を求めているんだろう。

考えて、またちょっと考えて。

ツイートができなくなった。

これを言ったら人になんて思われるんだろう。

そう考えたら何もできなくなった。

こんなに素晴らしいツールなのにな、と思いながら、私は、削除ボタンを押した。

正直、一ヶ月以内ならまた復活できるし、と気軽な気持ちで削除を押した。

でも、そのアカウントをまた復活させよう、と思うことはなかった。

しばらくツイッターを離れてみて、あの人どうしてるかな。あの人は元気かな?と思うことが徐々に増えていった。

全くの他人なのに。

でも、ひとり暮らしでコミュ障の私は、誰かとコンスタントに連絡を取り合うことなどツイッターしかなく、逆に言えばツイッターでお互いの生存報告をしているんだな、と思った。

また、アカウントを作り直した。

卑怯だな、と思った。

自分が卑怯だなと思ったけど、やってしまった。

結局、ツイッターからもう逃げることはできないんだなと思った。
同時に、ツイッターからかなりの元気を、やる気を、笑いをもらっているんだってわかった。

ツイッターでしか連絡をとってない、本名もわからない人たちと何度もあったり、郵送したり。

昭和の人間の私には考えられなかったし、若い頃の私ならひねくれていたから流行りには絶対乗らなかったんだけど。

流行りを超えた何かがツイッターには有って。

言葉では言い表せられないけど、どうしたって私は、このツールが好きなんだろう。

たぶんまた『つまらん』と思うことはきっとあると思う。

削除ボタンを押したくなる気持ちも何度もあると思う。

でもどうやったって私は、またここに戻ってきてしまうんだ。

こうして腹を括ったことで、だいぶツイッター生活が自分の中で重荷ではなくなった。

今まで逆に何を重荷に感じていたのか過去の自分に聞きたいけれど、
きっと曖昧な顔して『つまらないから』って言うと思う。
そして私はそいつに『どうせ離れることなんてできないよ』って、笑ってやるんだ。