西友との思い出

今日、北海道内の西友は40年以上の歴史に幕を下ろした。

折角なので、私と西友の思い出をここに記しておこうと思う。

 

私が生まれたときに、既に西友は北海道にあった。とはいえ実家から一番近いスーパーは生協。西友は車で15分くらいかかる場所にあり、幼い頃はなかなか行く機会もなかった。

 

その後、私が高校に上がった頃、西友との距離がぐっと縮まることになる。手稲駅に直結されている西友、ここのテナント内でアルバイトをすることになったのだ。詳しい経緯は覚えていないが、通学の中継地点がT駅だったこともあり、行きやすいから選んだのが率直な理由だった。

 

その当時、アルバイトとして22時近くまで働いていた。S食品という惣菜屋で働いていて、色々なパートさんと遅番を組んで、帰りには運が良ければ売れ残った惣菜をもらったり、向かいにあるパン屋さんの売れ残ったパンをもらったりしていた。(もう15年以上前の話なので時効ということで容赦してほしい。)

 

私はその時はまだ働くこと自体も慣れておらず、パートさんにゴミ捨てを頼もうとして、別のパートさんから「失礼だよ!」と叱られたこともあった。食品を扱う手前、衛生にも注意せねばならず、爪を短く切ったり、髪の毛がネットから出ないようにだったり、とにかく色々と“学生”ではなく“社会人”としてのいろはを教えてもらったのだ。

 

私は当時は真面目な性格だったので、ちゃんと爪も切り、何も言われないように滾々と働いていた結果、高校1年か2年から、短大を卒業する6年余りをそこで過ごさせてもらった。もちろん居心地の良さもあった。パートさんたちは普段は厳しいところもあったけれど、高校生の生意気な私をものすごく可愛がってくれたし、何度も一緒にご飯を食べに行ったりした。

 

そうこうしているうちに、短大を卒業して就職が決まった。私は東京に就職することになったので、パートさんや店長に辞めることを伝え、3月まで働くことになっていた。正社員にならないかと声をかけてくれたけれども、もっと広い世界を見てみたかったのもあって、それは固辞した。

ところが、東京での就職受け入れ体制が整っておらず、7月まで来ないでほしいと(これもひどい話ではあるが)言われてしまったので、私はダメ元で7月まで働かせてもらえないかとお願いした。

 

結局、7月まで働かせてもらうことになり、私は最後に送別会までしてもらった。たかが高校生アルバイトに、今思えばとてもありがたい経験だった。

その時にA木さんという方から、バーバリーのキーホルダー(鍵をつけられる)を餞別でいただいた。実はこれは、40歳になる今でも使っている。(冒頭の写真です。使い込んでてお見苦しくてすみません)

 

その後、上京してなんだかんだあり、また北海道に戻ってきた。5年経っていたので、もうあの時のパートさんたちはいないだろうか、と思いながらまた西友に足を踏み入れた。その惣菜屋で見慣れたパートさんたちが立っていたこと、その光景は今でも思い出せる。東京での暮らしは決して楽しさばかりではなくて、西友の中でパートさんたちにまた会えたことで、ほんの少し泣きそうになったものだ。

 

その後特にパートさんたちとはお会いする機会がないまま、私も忙しくなり、引っ越しをし、偶然にも今度は某所の西友の近くに住むことになった。こちらは手稲店と同じくらいの規模で、食品は勿論、服やテナントが充実しており、春夏秋冬問わず私は日課のように足を運んでいた。24時間営業だったこともありがたかった。ここに当時付き合っていた彼と来たなとか、母親や父親と買い物に来たなとか、友人といっしょにここでご飯を食べてずっと愚痴をこぼしていたなとか、辛いときに帰りにここでビールを買っていったな、とか。

30代の思い出が全部この西友に詰まっていた。

 

閉店が決まったというニュースを見たとき、一瞬頭が真っ白になった。あんなに毎日人がいるのに、何故?と。

私にはわからない色々な事情があるのだろうとは思う。閉店が寂しくて、7月から9月の間はなるべく西友で買い物をした。使いやすいフライパンや、ペーパータオル、西友オリジナルブランドもまとめ買いした。それでも、だんだん棚から商品が減っていくのがとても寂しくなった。棚の色が日々見えてくるようになり、売り場を縮小していくのを悲しい気持ちで見ていた。

そして今日は閉店の日。

ふと見上げたSEIYUの文字が、いつも照らされていた店名が、消灯されているのをみて、心が苦しくなった。

歳を取ると、今まであったものがなくなることに寂しさが募りやすくなるのかもしれない。

私の青春時代、そして30代、いつも支えてくれた西友さん、本当にありがとう。

 

本当はお店に用意されていた付箋に、感謝の気持ちを書こうと思ったけど、書きながら泣きそうなのでやめたので、ここに記しておきます。

本当に本当にありがとう。無理なのはわかっているけど、またいつでも戻ってきてください。

 

ありがとう!西友!

備忘録

年の途中で退職した場合

 

・傷病手当を毎月申請してもらう

・確定申告をする

 

医療費控除のやり方

医療費控除の明細書を税務署からもらう

【紙でやる場合】

・健康保険使った場合はそこから医療費通知もらう→1にまとめて記載

・自費の場合は2に明細を記載

・すべて書き終わったら下の計算式に数字を入れる

・1を記載した場合は医療費通知も添付して税務署に提出

→ただし医療費通知を紙でなくデータで持っているのであればe-taxに読み込ませれば提出不要

 

【e-tax】

・医療費通知もらう→1にまとめて記載

・自費は2に記載

・計算式に記載

 

ペーパードライバー講習 実技編(雨&夜間)

前回、ペーパードライバー講習を受けて来るとかいた私ですが、

この度ペーパードライバー歴15年で運転することが出来ました!!

 

ペーパードライバー講習を受けるにあたって、

まずは自分の家族が所持している車で練習しました。

久しぶりの運転席、緊張しかありませんでした。

でも、これから数時間後には講習を受けるんだと自分を奮い立たせて、

運転席のドアを開けます。

 

「えっと。。。アクセルが。。。」

「右」

鬼教官※父親 が呆れた目で訴えます。

 

その後、サイドミラーを確認。ルームミラーを後ろが見えやすいように調整。

座席を自分が運転しやすい位置にスライド。エンジンをかけます。

(私の車は古いので、キーを回すタイプです)

 

ブロロロロ

 

「エンジンかかった!」

お分かりのように、エンジンすらほとんどかけたことがありません。

そんな私でも免許は持っているんだという謎の自信のもと、ブレーキを踏みながら

ドライブにギアを入れます。

サイドブレーキをおろして、いざ発進。

私はもともとマニュアルで免許を取得しているので、半クラッチとかしなくてすむだけでだいぶ発進が楽に感じました。

 

続いて運転。

15年ぶりに信号機のある公道を走ります。

まずは右折。少し右に寄って、直進車をやり過ごしながら右折。そしてすぐ左折。

40キロで走る私に煽る後続車。「前の車に続いていけ」という鬼教官。

大体公道を走っている車って、50~60キロくらいなので、ビュンビュン追い抜かれます。

前の車に続いていくという意識を持ってアクセルを踏んでいれば、自然と50キロくらい出てきて、その時点でスピードへの恐怖はクリアできました。

 

その後細い道へ。運悪くバスルートのため、追い抜くために右ウインカーを。

対向車を見ているんですが遠くに居ても自分が抜かす勇気がなく、結局ウインカーを消してバスの後ろをついていく羽目に。

その後、二車線の道路で車線変更をしながら右折。

混んでいたので全く行く勇気がなく、黄色信号で右折。歩行者と急に来る自転車にも注意しなければならないので、いっぱいいっぱいです。

 

と、そんな感じで練習が終わりました。

大丈夫かなあと言う私に、あれだけ乗れてるなら大丈夫だろうという父親。

先生が来たので、そのままペーパードライバー講習スタートです。

 

まずは検温、渡航歴などの確認。

車は教習車を使うため、保険などは入っている状態です。

免許証を提示して、先生から基礎を学びます。

 

・サイドミラーは車体が映る程度に。

・このボタンはライト

・暗い時は遠目で、でも普通に走るときは近目で。

 

そうなんです。その日は真っ暗な中を運転していきました。

いざ発進の際、「夜運転するのは初めてです」というと

先生が走りやすいルートを提示してくださいました。

 

先生の案内の元、右折や左折。

昼の運転と違って、なんにも見えません。歩行者も暗い色の服を着ていたら

闇に紛れてさっぱりわかりません。

なので、右折も左折も特に慎重に。

 

そして、運転席に座って気づいたんですが、車のライトが思ったよりまぶしくて

結構目がやられます。

また、スピード感覚もみだれます。ブレーキも踏むのが少し遅いようなので、

次回から運転する際は注意せねばと思いました。

 

1時間の運転練習はあっという間に終わりました。

先生からは、交通量の少ないところを、家族の方に付き添ってもらいながら練習するのでも充分だと思います。とお言葉を頂いたので、とりあえず講習は今回のみにしました。とてもやさしくわかりやすく教えてくださったので、今までの運転の恐怖がだいぶやわらぎました。

 

そして翌日、雨の日で初めての運転です。

私の感覚的には雨の日の方が夜よりマシかなと思いました。

サイドミラーや後ろがみづらいので、乗車してからふきんで拭きました。

ワイパーも初めて起動。速さ調節がわからず、何回か動かして感覚を掴みました。

運転2日目なのでさほど難しくはなかったです。

 

 

今回、夜の運転・雨の日の運転ができたので、

次はしばらく普通の道路で運転に慣れつつ、駐車の練習もしつつ、

いつかの雪の日のために練習を積もうと思います。

 

 

うつ病による休職について 備忘録

うつ病についての今までの記録と、これからについて。

 

下記に記載することは、「民間の健康保険加入2年程度」の自分の経験を基にしているため、加入期間によって内容が異なる場合もありますこと、ご了承ください。

 

 

もし自分がうつ病になったと感じたら、まず精神科に行ってください。

精神科の選択基準ですが、私はgoogleマップの口コミを参照しました。

口コミですが、できれば☆4~☆5を選んでほしいです。

世の中のメンタルクリニックは、大抵☆2~☆3の間です。

 

場所は自分の家から近い所を選んだ方がいいです。

なぜなら、風邪などと違って一回の受診で終わることは絶対にないからです。

何度も通うところに、交通費をかけて混んでいる電車に乗るよりは、家の近くにあるメンタルクリニックを探しましょう。

 

以下、少々長い選択基準ですが、目を通すのが面倒な場合は、口コミの評価が高く、予約がしにくく混んでいる順で選んでみてください。

 

ちょうどいいところを見つけたら、まず口コミの順番を最新に変更します。

直近で数週間前ぐらいが、一番リアルな口コミでした。

〇か月以上前だと、その頃と現在で病院の先生や内勤の方が変わっている可能性があるからです。

そして、いい評価だった場合、その口コミをした方の口コミ数が1件じゃないことを確認してほしいです。1件の場合だと、口コミがさくらの可能性も捨てきれないからです。

口コミの内容についてですが、

・先生が厳しい ←さっぱりした先生がいいならこちらを選んでも問題ないと思います。

・薬だけ出される ←薬だけ欲しい、すぐ受診を終えたい方もこちらを選んで問題ないと思います。

・話をきいてくれる ←いい先生ですが、一人一人の受診時間が長く待つ時間が長い可能性もあります。問題なければこちらもいいとおもいます。

・口コミがない ←これは一番怖いのでたぶんいかないほうがいいです。やってない可能性も在るので。

 

ちょうどよいメンタルクリニックがあったら、まずは予約です。

人気のところは大体一か月待ちになります。

予約が取れやすいクリニックは、受け入れが多すぎてパンクしている可能性もあるので一か月待ち位が通常になると思います。

 

予約がとれてメンタルクリニックに行って先生に自分の症状を話す際、うまくまとめられる自信がなければメモして持っていくのもいいと思います。

 

うつ病と診断されたら

うつ病と診断されたら、おそらく先生に休職か退職を促されます。

休職する場合、診断書をもらいましょう。保険適用外なので、金額は0円~5000円程度と様々です。それプラス当日の初診費用などで、当日は10,000円ぐらいあれば十分おつりがくる金額になると思います。

休職は会社の規定によりますが、退職は最後の手段にしましょう。

休職は健康保険組合(会社によります)から傷病手当金を受け取ることが出来ます。

傷病手当というのは働けなくなった人たちに月収の6割から8割程度を受け取れるお金です。

病気休業中に被保険者とその家族の生活を保障するために設けられた制度で、病気やけがのために会社を休み、事業主から十分な報酬が受けられない場合に支給されます。

www.kyoukaikenpo.or.jp

 

傷病手当金の申請についても上記サイトを参考にしてみてください。

簡単にいうと、毎月精神科医の先生に「傷病手当金申請書」を記載してもらい、会社経由で健康保険の組合に送付する形になります。傷病手当金は土日を含めた日数で計算されます。

 

自立支援医療制度(自立支援制度)について

自立支援医療制度は、心身の障害を除去・軽減するための医療について、医療費の自己負担額を軽減する公費負担医療制度です。

www.mhlw.go.jp

簡単にいうと、精神疾患についての診療費と薬代の自己負担額が軽減になります。

※精神疾患以外(風邪、歯医者など)は軽減になりません

うつ病は何度も書きますが一回の通院では治りません。何度も通院するため通院費もかさむので、こちらはぜひ申請して頂きたいです。

 

申請は役所で行います。詳しくは自治体の区役所の保険課に相談してみてください。

まず精神科医の先生に申請書を書いてもらいます。それを持って役所に相談後、一か月程の審査を経て「自立支援医療受給者証」が郵便で届きます。こちらを自分が指定した薬局と精神科に提示することで、保険料を減額してもらえます。

 

休職から退職する

休職期間もいつまでも在るわけではなく、部署変更もしくは退職することになると思います。今回は退職について書きます。

 

退職後、会社から離職票が届きます。

すぐに働けない場合、こちらを持ってまずはハローワークに行きましょう。

失業手当の受給を延長してもらうためです。

  ◆受給期間延長の手続きに必要な書類等

   (1)受給期間延長申請書(ハローワークで交付もしくは、郵送により送付することも可能です。)

   (2)離職票―2 (離職票―1は受給期間延長の手続きには不要ですので、提出しないでください)

  (3)雇用保険受給資格者証

  (4)延長理由を証明する書類 

  (5)はんこ

 

詳細はハローワークのサイトをご確認ください。

 

健康保険は任意継続(前の会社の保険を引き続きつかう)を選ぶ場合は会社にその依頼をしてください。会社がきいてくれない場合は直接保険組合に伝えてください。

継続せず国民健康保険を使う場合は、区役所の保険課に「資格喪失証明書」(会社から送られてきます)をもって変更の手続きをします。

私の体感ですが、任意継続でも国民健康保険でもさほど金額は変わらないように思いました。

 

年金は支払いが難しい場合、すぐに区役所の年金課に相談してください。

恐らく支払い免除か猶予をうけられるはずです。

 

税金については、退職してから1か月後くらいに支払い通知書が送られてきます。こちらも何もしなくとも勝手に送られてくるので、こちらは速やかに自治体の税務署に支払ってください。税務センターもあるかと思いますので、そちらは確認してください。支払通知書に記載してある電話番号に確認すれば教えてくれます。

 

そのほか、退職でお金が無くなった場合の相談先です。

住居確保給付金

https://xn--corona-support-f69zm458c.mhlw.go.jp/jukyokakuhokyufukin/index.html

主たる生計維持者が離職・廃業後2年以内である場合、もしくは個人の責任・都合によらず給与等を得る機会が、離職・廃業と同程度まで減少している場合において、一定の要件を満たした場合、
市区町村ごとに定める額(※)を上限に実際の家賃額を原則3か月間(延長は2回まで最大9か月間)支給します。

 

 

 

ペーパードライバー講習を受けることになった

皆さんは運転をしたことがありますか?

都会と違って、北海道は街の中心部以外はほぼ運転免許が必要になります。

なぜかというと…公共交通機関がほぼ無いからなんですよね。

なので、車離れが進んでいる今ですが、成人を迎えると同時に免許を取ることが多いです。

 

私も例にもれず20歳の時に運転免許を取得しました。

本免許を取るまで、かなり苦労しました。

無事、本免を取って家族を車に乗せて試運転をしてから、15年以上運転していません。

 

もったいなさすぎる。

 

免許を取るまでに何十万かかったか。私が免許を取得したのは、高い身分証明書を買うつもりではなかったんです。なのに全然運転できません。それは。。。

 

運転が怖い。

家族を乗せて運転した際に、あまりの危なっかしさに途中で運転を交代し、もう運転するなと言われました(泣)

今思えばそれでも練習するべきだったんですけど、当時の私も運転が怖いという刷り込みがあって、それから全く運転することはありませんでした。

 

でも思うんですが、ペーパードライバーの方って皆「運転はしたい、でも怖い」という気持ちが強くありませんか?運転はしなきゃいけないと思っている方が多い気がします。かくいう私も勿論そう思っています。

 

そして、頭の片隅でずっと「運転の練習しなきゃなあ」と思ってるんですよね。

 

今年ももう終わりますが、雪が降る前に運転の練習をして、それから雪道の練習をしたいと思ったのが、今急いで講習を予約することになったきっかけです。

 

※そのほか諸事情として

・就職に有利

・遠出したい

・家族に安心して運転してあげたい

 

このあたりが大きな理由です。

 

 

さて、前置きが長くなりましたが。。。

 

ペーパードライバー講習の選び方

私はまず教習所を片っ端から調べました。でも教習所って高いうえに今コロナの影響などで実施を中止している所が多くてですね。結局出張してもらえる個人の出張所?を選びました。私は家族が使う自家用車をこれから運転したいと思っているので、マイカーでの講習を選びました。

 

講習費用について

8社ほど確認しましたが、おおむね90分1コマで7500~8000円前後でした。

また、私のような車に触ったこともない奴でも5コマ程講習を受ければ運転できるようになるようです。

「運転できる家族に教えてもらえばいいのに」と思いますよね。私も実際それで練習したことがあります。でも、結局それって一人立ち状態での運転になるんですよね。

その点、講習だと補助ブレーキがあったり後付けできるそうなのです。

今多少割高な金額を払っても、これから先運転できるようになるなら必要な自己投資だと思っています。これからの人生で日割り計算したら実質タダみたいなものです

 

ちなみに、迷っている方はお試しで1コマお試し価格で行っている講習センターもあるので調べてみるといいかもしれません。

 

予約

大きく分けて電話とメールがあるようです。

不明な点もメールに記載しておくと、丁寧に返信いただけると思います。

この時点で丁寧でなければ、逆に違う会社を使ったほうがいいかもしれませんね。

予約は日時(時間は30分区切り)で待ち合わせ場所を決めて連絡することになります。

私の場合はそのほかに免許証、任意保険、車検証などが必要でした。

これも予約前に場所を確認しておきましょう。

 

 

さて、準備は整いました。

私の講習は来週になります。

怖いなあ、、、、

でも、街中を見渡してみてください。老若男女問わず運転しています。

だからここを見ているペーパードライバーのあなたもきっと運転できます。

大丈夫、大丈夫(自分にいいきかせる)

 

きっと運転できなかった私よりも、運転できる自分の方が好きになれる!と思います。

だからみんな…

 

今年こそペーパードライバー卒業しよう!!!!

 

 

 

胆振東部地震から3年

9月4日くらいから、珍しく北海道に台風が上陸して(温帯低気圧に変わっていたかもしれない)木の葉が乱れ飛んでいる中を歩いた記憶がある。川の水は濁り、濁流になって水かさが増していた。

恐ろしい台風だったなと思いながらも、あと2日頑張れば休みだなどと全くもって普通通りの木曜日を迎えるつもりでいた。

なぜか3時頃、人の声で目が覚めた。
聞き取れないものの警報がなっていたようなので目を開けると、その瞬間天井がグラグラと揺れた。天井が揺れたのではなくて、正確にはベッドがグラグラと揺れていたのだが。
窓枠もガタガタと軋み、経験したことのない揺れを感じた9月6日3時頃。
習慣でツイッターを開いて「地震やばい」とつぶやいた。震度は6と報道されていた。慌ててテレビをつけると、アナウンサーが険しい顔で北海道で大きな地震がありましたと言っていた。震源が厚真だったことにも驚いた。ここでこれくらいゆれたのなら、震源はどうなっているんだ。
そして、ここから私は約4日ほど、テレビを見られなくなる。


怖くなり布団の中に戻って、スマホで情報を集めた。停電したらしいことを、ツイッターで知った。充電はしていたのでほぼ100%だった。慌てて照度を最弱にして、できるだけ電池を使わないようにした。少し迷ってから、近所のコンビニで(停電中も開けてくれていた)充電器とコーヒー(人間、恐ろしいときほどいつも飲んでいるものを飲みたくなるものだと思う)とすぐ食べられるものをちょっとだけ買った。会計はすべて現金のみだった。店員さんが一生懸命会計をしてくれた。
ここからの避難生活は、セイコーマート・トライアル・ツルハなど様々な小売店にお世話になりながら生きられたと思う。同じ被災者でありながら、お互いに敬意を持って接していたと思う。なぜなら、皆規則正しく、そして誰一人罵声など飛ばしていなかったから。

実家が近いので実家に避難させてもらい、電気のない生活を数日ほど送った。
帰宅してみると、冷蔵庫のものは全てダメになっていた。この冷蔵庫はその後も1年ほど頑張ってくれたが、買い換えることになった。
ブレーカーを上げて電化製品が作動する感動、親と一緒にいたときに突然電気がつく感動、21時なのに携帯もなく眠れたこと、何も邪魔がないきれいな夜空、色々なものを犠牲にして、今の生活は成り立っているんだとしみじみ感じた年だった。

あれから、数ヶ月ほどは風呂の中に水を貯める生活を送っていたものの、いつのまにかそれを忘れ、まるで震災前と同じように生きている。
電池がなくなるのは怖いので、モバイルバッテリーのみ2つ購入したが、そもそも基地局がダメになったので情報収集として一番大切なのは電池で動くタイプのラジオだ。電波が回復したとしても、ツイッターで毎日のように流れてくるデマ情報に辟易していたし、そもそも安定した電波ではないので、ネットをみることは諦めていた。

私の中では地震は「恐怖」都市でしか記憶されておらず、それに対する備えが未だにできていないことは本当に恥ずかしい限りだ。
あの恐怖を思い出すだけでトラウマになっていたものの、3年という節目で改めて震災についての備えを改めたい。

最後に、犠牲者の方へご冥福をお祈りします。

コロナワクチン打ってきました(1回目)

暑いですね。

基礎疾患枠としてコロナワクチンを打たせてもらってきました。

私は今精神疾患で自立支援を受けているのですが、どうやらそれが調べたところ基礎疾患に当てはまるようだったので、基礎疾患持ちとして事前登録したのが6月の頭くらいです。

その後特に「登録できました」とかいう知らせは市からは来ないです。なので、自分が果たして基礎疾患枠で通ったのか全くわからず。

そうこうしているうちに、やっと接種券が我が家に届きました。

中に入っている自己申告表みたいなものに目を通しつつ、市のサイトから基礎疾患枠が今どうなっているか確認。

ちょうど、私の年齢で基礎疾患枠に空きがあったので、試しに接種券に記載されている番号を入力したところ、そのまま予約まで進みました。
でも、自立支援証の番号とか一切入力する画面がなかったけど、住所と氏名でわかってるんですかね。謎。

モデルナなので、1回目と2回目の決められた期日通りに予約しました。
私の市は大規模摂取会場が2ヶ所予約可能でしたが、無料送迎バスがある方にしました。ちなみに、区民センターはどこも予約で満杯でした。

そして、1回目の予約日が来ました。
時間に余裕を持ちたかったので、予約している時間より早く家を出ましたが、なんと駅が工事中で回り道する羽目に。早く家を出ていて良かった。

バス乗り場は地図で見て知っていたのですが、バス停はないのでとりあえずキョロキョロとしていたら係員の人に呼ばれてそのままバスに乗り込みました。(乗る前にアルコール消毒してもらいました)観光バスでした。今観光もできないからかな。

そのまま数十分かけて大規模接種会場に到着しました。ぞろぞろと歩く人たちに着いていき、まずアルコール消毒。そのあと問診票を提出。具合がわるくないか、熱は出ていないかなど確認(検温)され、看護師さんらしき人に今日接種で不安なことを伝えました。

私は
①自分が飲んでる精神疾患の薬を飲んでいるけど大丈夫ですか?(精神科医に聞くのを忘れた)

②冷えピタ直接貼っていいか

③解熱剤はイブじゃだめですか

っていう超初歩的な質問をしたんですが、お医者さんは①③にかんしては大丈夫とのこと、冷えピタはもしかぶれた場合ワクチンの副反応かどうかわからなくなるので保冷剤にしてください、と言われました。

そのあと接種場所に入って、袖をまくって注射しました。
痛いと聞いていたんだけど、全然痛くなかったのは多分最近歯医者行っててそれより強い痛みじゃなかったからかもしれないです。かもしれないというのは、まだ打って数時間しか経ってないからです。本当に人によるみたいですね。あと2回目の方がキツイみたいです。

あまりにスムーズな接種に驚きました。スムーズすぎてトイレに行く暇もなかったので、終わって15分待機してからトイレに行って帰りも無料送迎バスで帰りました。

無料送迎バスは5分間隔くらいで出ていたので待つこともなかったです。

今は全く何も痛くもないし重くもないんですけど、とにかく前日に緊張していたせいで寝不足で今とてつもなく眠い(笑)

いろんな人たちが支えてくださってるおかげで、スムーズにワクチン接種できたので、感謝です。
あとは基礎疾患のない今働き盛りの方々にもすぐにでも打てるようになったらいいなと願っています。そのためにも打てる人は早めに打ちましょう。

熱出ませんように!!!