助けたかった
今日私は、スマホでマリカーをやっていた。
マリカーは、15時更新なので、そのタイミングでプレイして新しいコースを走っていた。
くっそー、なんだよ赤甲羅投げるなよ!とか、惜しかったのに!とか、どうでもいいことで一喜一憂していた。
今日は、忘れ物を取りに街中へ行かなくてはいけなくて、営業時間がわからなくてさっさとシャワーを浴びて出かける準備をしたかった。ゲームに熱中していた私は、やっとマリカーを終えてツイッターを開いた。
昨日の写真にいいねが来てるな〜、嬉しいな、などと思いながらタイムラインをながら見していた。
とあるフォロワーさんが、○○○○…はるま…ってツイートしていた。
私は何かのキャラかなんかがどうかしたのかな?と思った。でも、ただならぬ雰囲気を感じたというか、なんか胸騒ぎがして、そのツイートの単語をそのまま検索した。
三浦春馬さん、訃報と書いてあった。
最初三浦春馬さんのドラマで演じた人が亡くなったのかなと思った。
へぇーなんの役だろうと思った。
その後更に更新したら、三浦春馬の写真と御冥福をお祈りします!と書いたツイートも見かけた。
私は不謹慎だな!と思った。死ぬわけ無いじゃん、三浦春馬が。と思った。
なんかおかしいなと思った。
そのあとの記憶があんまりない。
検索をして見つけたのか、ニュースで見つけたのか、あまり記憶はないけど。
でも、ツイッターのトレンドの上に出てくる画像のそれに、○○○○さん、死亡って書いてあった。
意味分かんないなと思った。
意味分かんないなと思って、他のツイートもいっぱいみた。みたというより流した。だんだん本当に三浦春馬死んじゃったのって思えてきた。ポロポロ涙がこぼれた。なんでって言いながら布団の上で泣いた。他の人の追悼ツイートを見てまた泣いた。
そして外出の用事を思い出して、お風呂に入った。お風呂の中で声を出して泣いた。
なんでだよ!なんで三浦春馬が死ななきゃいけないんだよお、って泣いた。
声を上げて泣きじゃくったのは、おそらく30代になって初めてじゃないか。
こんなことで初めてを経験したくなかった。
お湯を頭の上にかぶりながらぼーっとしていた。
お風呂から上がったら、友達から心配のラインが来ていた。こういう風に春馬に寄り添ってくれる人はいなかったのだろうかと思って、また泣いた。
髪を乾かして、いつもは地下鉄で行くけど、なんか地下鉄の中で泣きそうだなと思って自転車で行った。いつもより少し時間がかかったけどお店について忘れ物を受け取って、帰り道日が沈みかける空がきれいで。こういう空も生きてないと見れないんだよ、なんでだよ春馬!って叫びたかった。叫ぶ代わりに泣いた。マスクの中に涙が零れていった。
自転車で受ける風も、視界に入っては流れて消える花たちも、草木生い茂る森林も、もう彼は見ることがないのだと思うとまた泣いた。
信号待ちで止まっているときに、ツイッターを開いたらトップがまたそれでやっぱり現実なんだなと思って泣いた。
私は、過去にSHINeeのジョンヒョンが好きで亡くなってしまった。
知り合いが大好きで、憔悴しきっていて声をかけたことがあった。「つらいね」って。
でも、本当に辛いときは何を言われても何も返せない。地震の時と同じく、その当事者にならないと何もわからない。
あなたが死を選んだことに対して、私は認めたいけれど認めたくない。
だって貴方が選んだ死によって今日本が悲しみに包まれてる。
相談することもできなかった、わかる。
責任感が強かった、わかる。
それでも何もかも捨ててしまって生きてくれていたほうが、ずっっっっといい。
もう二度と会えなくなるよりは、ずっといい。どこかで幸せに生きてくれさえすれば、それでいい。
自殺は皆、皆悲しむ。
それは選んでほしくない。
皆悲しんでいいと思っているなら、どうでも良いと思っていたなら、それこそ何もかも捨てて新しく生きていてほしかった。
あなたを最初に知ったのはブラッディマンデイだったと思う。
そのあと色々なドラマに出たり、舞台に出たり、本を出したり、歌を歌ったりダンスしたり、絶えず意欲的に活動しているけどどこか芯が強そうな風に見えた。それが私の憧れでもあった。真顔だとちょっと怖いあなたが、笑うとこっちまで笑顔になる本当に素敵な笑顔と人柄だったんだ。
今は何が原因とかもうどうでもいい。
ただただ、彼が書いた遺書に沿うように事務所が動いてほしいし、違う世界では貴方が笑顔でずっといてくれたらいい。
ありがとう、三浦春馬さん。
何もできなくてごめんね、本当にごめんね。